僕は二十代後半の頃、芝居をやっていました。
実際には所属していた合唱団でミュージカル仕立ての舞台をやろうという企画が立ってその企画が本番までこぎつけたという流れだったので大半の団員にとって芝居はほぼ初経験でした。
ただ演出、脚本含めスタッフはプロが名を連ねたのでけっこう本格的な舞台になったな。
主演男優はプロのオペラ歌手を客演することになっていました。
が、けっこう忙しい方で毎週の練習に来てもらうわけにもいかない。
けれど主役がいなければどうにも稽古ができないということで稽古の時だけ主役を張るアンダースタディ(代役)を団員の中から選出する必要が生じました──
って、長々と書いてしまいましたがそのアンダースタディに僕が抜擢されたんですね。
理由は別の合唱団で既に芝居の経験を踏んでいたというのが大きかったかな。
2時間ほぼ出ずっぱりの演技にソロ曲8曲。
まさに一世一代、人生で一番の大役でした。
けど、楽しかったな。
毎週の稽古が楽しみで仕方ありませんでした。
その企画は2年続いて主演男優は同じオペラ歌手が演じたので僕も2年続けてアンダースタディを演じました。
それに対してヒロインは1年目と2年目で交代しました。
2年目の稽古スケジュールも半ばに差し掛かった頃、演出の先生がやたら僕の芝居をほめてくれるのです。
ま、2年もやっていれば上達するのは当たり前くらいに思っていたのですが「それだけじゃない」と彼はいう。
「ヒロインが代わったからだ」──はっきり物を言う人だったなw
それは2年目のヒロインの方が芝居が巧いとかそういうことではなく僕の芝居との相性が良いからだというのです。
言われてみればセリフの掛け合い、呼吸、間合いなどとてもやり易いと感じていました。
振り返ると1年目のヒロインはわりと勝ち気な女優気質で「主役は私」という意識が少し強いキャラでした。
演劇経験も長くて演技(一人で行うパフォーマンス)は巧いのですが芝居(掛け合いなど複数の人間の演技を連携させるパフォーマンス)ではそのキャラが徒になることもありました。
芝居ってのは一人でやるもんじゃないんだよ。
相手役者が変わるだけで舞台がガラッと変わることもある──演出家の言葉を今でも覚えていますが奥が深いなぁと感じたなぁ。
丼料理はまさにその掛け合いの演技が小さな丼の中でせめぎ合う1杯です。
主演男優はご飯という前提があってそれに対するおかずが上に載っているのが基本構成。
ただおかずによっては白いご飯と相性がよくない場合もあります。
そんな時に白いご飯が「主役は俺なんだから俺に合わせろ」
というばかりでは事態に収拾がつかなくなっちゃう。
「よし、おかず君の演技に合わせて俺はこんな風に芝居を変えてみよう」
白いご飯に少し工夫を加えて味を変えるだけでしっくりいくことも往々にしてあるのです。
丼料理はワンプレート料理の中でもかなり特殊でご飯の上におかずが載っているという構造が大前提。
どうしても食べる人はおかずだけとかごはんだけ先に食べるということができにくい料理です。
おかずとご飯が交互にあるいは一緒に口の中に入っちゃうんですね。
なのでご飯とおかずの親和性が他の料理より求められます。
「丼は一椀で完結する」──ご飯が主役でもおかずが主役でもなくその掛け合いが生む芝居を楽しむ料理を楽しみましょう。
【材料】(1人分)
-調理時間:15分-
- ホタルイカ:10~12はい
- 乾燥わかめ:ひとつまみ
- 大葉:1枚
[寿司飯パート]
- ご飯:1膳分
- すし酢:15g(大匙1)
- 茗荷(みじん切り):半本
[漬け汁パート]
- ポン酢醤油:15g(大匙1)
- おろし山葵:チューブ2cm分
- おろし生姜:ひとかけ分
【作り方】
- ホタルイカは目と嘴を取り骨抜きで軟骨を引き抜きます。[漬け汁パート]を合わせてよく混ぜこれとホタルイカを和えて冷蔵庫で10分漬け込みます。
- 1.をやっている間に乾燥わかめは水で戻します。[寿司飯パート]を合わせてよく混ぜ寿司飯を作っておきます。大葉は千切りにします。
- 丼に寿司飯を盛りその上にざるに揚げて水気を切ったわかめを敷き詰めます。その上にホタルイカを漬け汁ごと盛り付け大葉を載せればできあがり。
【一口メモ】
- ホタルイカの味付けがかなりさっぱり風味なのでその土台になるのが白いご飯ではちょっと相性が良くない。ということで寿司飯に変えてみました。更にみじん切りの茗荷を混ぜ込んで風味を立たせています。
- 市販のすし酢の中でも甘めのものは相性がイマイチです。できればすし酢は自作して砂糖を控えてみてください。配合は酢:15g(大匙1)、砂糖:6g(小匙2)、塩:1g(小匙1/6)、昆布出汁の素:小匙1/2くらいが目安です。ちなみに普通のすし酢では砂糖は9g(大匙1)くらい使います。
- 食べ方は自由ですができればホタルイカと寿司飯をバラバラで食べるのではなく寿司飯にホタルイカを混ぜ込みながら一緒に口に入れると違った風味のコラボが楽しめますよ。