飲み屋の客は何かとワガママで食いしん坊な人が多い──なんてのは今も昔も変わらない事情なのかもしれません。
ただ、今は客と店の距離がちょっと離れてしまっていて、言いたいワガママも言えずに飲み込んじゃうなんてことが多いんじゃないかなという気がしています。
その点、昭和の頃は店主と客の距離がもっと近かった。
気に入らなければずけずけ文句を言う客もいましたし逆に気に入ればひいきにして足しげく通う。
遠慮がない分、客も店のことを親身に考えていたような気がします。
だってそこは自分の居場所。
なくなったら一番困るのは自分ですから。
焼き肉の老舗「叙々苑」が六本木にオープンしたのは1970年代。
ある時、店の常連のホステスがこんなワガママを言ったそうです。
「じゃあ、わたしレモンが好きだから。レモンを持って来てよ」
事の発端は彼女がタン塩を注文したこと。
その頃のタン塩は焼いた牛タンに塩を振って食べるスタイルでした。
けど、猫舌の彼女は「焼き立ての肉を口にいれたら火傷するじゃない塩用のタレはないの?」と文句を言った。
けれど店には塩だれの用意がない。
そこで彼女が要求したのがレモンだったという。
そのワガママに応えてレモン汁を出しちゃうあたりは店主の気概ですかね。
「マスター、これおいしい。合うよ。これタレにしたら?」
牛タンに塩とレモンの組み合わせがいたく気に入った彼女は歓声を上げたとか。
こうしてタン塩レモンは店のレギュラーメニューとなり今ではどこの焼肉屋でも食べられる人気商品。
「とりあえずビール」ならぬ、「とりあえずタン塩レモン」なんて言葉もありそうですね。
実はタン塩レモンの発祥には諸説あるらしくてこの六本木ホステス説はそのひとつに過ぎないとも言われています。
けどドラマ性があって僕はこの話が好きだな。
何より言いたいことをはっきり言い合ってそこからより良い料理が生み出されるという関係性はとても好もしく感じます。
過日、豚ロースのスライスが中途半端に残っていておかずにするにはちと寂しい量だったのです。
ならば丼の具材にするかなと考えて醤油系の甘辛ダレで豚丼に──と考えたところで思考にブレーキがかかった。
「これ塩レモンで食べても旨いんじゃね?」
そう何も塩レモンは牛タンの専売特許じゃないのです。
別に豚丼に使ったっていけないはずはない。
てか、美味しいに決まっている!ということでさっそく試作してみました。
【材料】(1人分)
-調理時間:20分-
- ご飯:1膳分
- 豚ローススライス:100g
- 玉ねぎ:1/4個(白ネギ10cmでも可)
- サラダ油:4g(小匙1)
- レモン果汁:10g(小匙2)
- 粗挽きブラックペッパー:少々
[調味料パート]
- 塩:1g(小匙1/6)
- 中華スープの素:小匙1/2
- 酒:5g(小匙1)
【作り方】
- 豚肉は食べやすい大きさに切ります。玉ねぎは細切りにします。冷たいフライパンにサラダ油、豚肉を入れて良くまぶし重ならないように広げます。その上にまんべんなく玉ねぎを敷き詰めます。
- 1.をごく弱火にかけて10分いじらずに焼きます。全体をざっくり混ぜて更に5分焼きます。これに[調味料パート]を加えて中火にし、水気がなくなるまで手早く炒めます。火を止めてレモン果汁を加えてざっと混ぜます。
- 丼にご飯を盛り2.をたっぷりかけて粗挽きブラックペッパーを振ればできあがり。
【一口メモ】
- やっぱレモンと塩のコンビは神だと知りました。めちゃ旨い。焼き肉のタレ系の味に飽きたらぜひお試しあれ。
- 塩レモンは牛タンの専売特許ではありません。てか、牛タンはすっかり高級部位になっちゃったからなかなか手が出ないんですよね。けど、安いお肉でも全然美味しく楽しめるじゃないですか。脂身が多くてもさっぱり食べられるのでぜひ牛こまや豚こまでトライしてみてください。
- レモンは火を入れると風味が飛ぶので炒め終わって火を止めてから加えるのがポイントです。
- 手持ちがなかったので玉ねぎを使いましたが白ネギを使うと風味がさっぱりしていてより塩レモンが引き立つと思います。あとキノコ類をいっしょに炒めればなお良し。
- クセの強い味付けがお好みなら[調味料パート]におろしにんにく少々を加えると風味が強化されますよ。