町人「いくらだい?」
蕎麦屋「へい、16文ちょうだいいたします。」
町人「お、16文か……ちょいと待ってな……あ、すまねぇな、銭が細けぇんだ。手ぇ出してもらっていいか?」
蕎麦屋「へい、じゃあこれにいただきますんで。」
町人「いいかい?ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、むつ、なな、や……そういや蕎麦屋さん、今何時(なんどき)だい?」
蕎麦屋「へ? えぇっと……たしか9つ」
町人「9つか!……9つね、9つ、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六。じゃあ、あばよ!」
古典落語『時そば』の見せ場のシーンです。

町人は店主に時刻を訊くふりをして、九文目の銭をすっ飛ばして十文から数え直しているので、払ったお金は十五文。
一文ごまかしているんですね。

文字にして読んでしまえばバレバレなのですが、噺家さんの軽妙な口調で聞かされると、これはうっかり騙されてしまうかも──なんて思ってしまいます。(笑)
けれど、この「ごまかし」に説得力を与えているのは噺家の話芸だけでなく、とある先入観がお話の背景にあるからじゃないかと僕は考えています。
その先入観とは──江戸っ子はせっかちという定説。

このあと用があるわけでもなんでもないのに、やたら町人の口調がせっかちなこと。
そこに気が短くてせっかちな江戸っ子の気質が透けて見えて、観客に「いかにもありそうな話じゃねぇか」と思わせているんじゃないかな。
江戸の昔から、江戸っ子の気の短さは有名で、「うどんより蕎麦の方が人気だったのは茹で時間が短いから」なんて、まことしやかな説があるくらいです。

江戸っ子のソウルフードなんて呼ばれる「深川めし」は、あさりの味噌汁をご飯にぶっかけたものですが(炊き込みバージョンもあるらしい)、「ご飯と汁物を交互に食べるなんてのは、まどろっこしくていけねぇ」なんていう、“いらちな性格”がよく表れています。
江戸っ子の朝食の定番だった納豆汁も、それと似た発想。

作り方はいたってシンプルで、だし汁に味噌を溶いて納豆を加えればできあがり。
人によっては、これを白ご飯にぶっかけてかきこんだとか。
なんだかワンボウルミール(つまり丼物)が好きな人たちですね。

かくいう僕は江戸っ子ではなく、生粋の関西人ですが、納豆は大好物で、納豆汁もたまに食べます。
過日、ランチに蕎麦を食べましょうと湯を沸かしていたのですが、ふと、これを納豆汁に入れて食べたら、ちょっと深川めしっぽくないかしらん──なんて考えてしまったのです。
こうして、せっかちな江戸っ子が喜びそうな丼物が、またひとつ生まれました。
【材料】(1人分)
-調理時間:10分-
- 蕎麦:乾麺1束または生麺1玉
- 納豆:1パック
- 薄揚げ:1/4丁
- 刻みネギ:少々
- だし汁:250g(250ml)
- 味噌:25g
【作り方】
- 蕎麦をパッケージに記載された通りに茹でます。
- 1.と並行して薄揚げを3mmの小口切りにします。小鍋にだし汁、味噌、薄揚げを合わせて中火にかけ煮立つ寸前で止めてよく溶きます。 ※沸騰させてしまうと味噌の風味を損なうので煮立つ寸前で火を止めるのがコツです。
- 納豆をまな板に広げて包丁で細かく叩きます。これを丼に移して添付のタレと辛子を加えてよく練ります。
- 茹で上がった蕎麦をざるにあげ流水を当てて〆ます。しっかり水を切って3.の丼に移します。
- 2.を再度、沸騰寸前まで温めて4.の丼に注ぎます。箸で底からしっかり混ぜて刻みネギを散らせばできあがり。
【一口メモ】
- せっかちな江戸っ子が、納豆と味噌汁を別々に食べるのはまどろっこしいといって、味噌汁に納豆をぶち込んで生まれた納豆汁。そこへさらに蕎麦をツッコんでみました。納豆の複雑な風味が立つ味噌汁でいただく蕎麦は、蕎麦つゆとは別次元で、これはこれで旨い。
- 蕪村の句に『朝霜や室の揚屋の納豆汁』というのがあるそうです。江戸の昔、叩き納豆を具にした納豆汁は、冬の風物詩だったみたいですね。
- ちょっと面倒ですが、納豆は叩いてから具にしてください。香りの立ち方が断然違ってきます。
- お好みで仕上げにポン酢醤油を数滴垂らしてください。柚子の香りが立って、冬らしさが増しますよ。

