料理漫画の定番展開ですが、主人公がアクシデントやライバルの罠で絶体絶命のピンチに陥った時、思いもよらないテクニックや食材、調味料を使って起死回生の逆転劇を巻き起こす──なんてのがあります。
その料理を食べた誰もが舌鼓を打ち、主人公の発想力を絶賛します。
まさに即興力──アドリブの妙味ここに極まれりという感じ。けどね、アドリブの正体を知っている人は案外少ないもの。というか、実際にアドリブをかました経験がある人しか知らないんじゃないかなと僕は思います。
今日はちょっと舞台演劇の話をしながらアドリブの正体を探ってみましょう。
映画やドラマと違って生の舞台劇の場合、撮り直しが利きませんからアクシデントが起きるとその場でなんとかするしかありません。
そういった時、役者が機転を利かせてアドリブをかませて凌ぐと、あとで彼又は彼女の才能が絶賛されたりします。
けど、それって十中八九は勘違いなんですよね。才能でアドリブをかませられる人がいるとすればそれはもう本当に天才です。
多くの場合アドリブは役者が長年積んできた経験から生み出されるものなのです。
役者は舞台経験を積めば積むほどいろいろな局面に遭遇します。アクシデントも経験します。
僕自身、二十代の頃に芝居をやっていたのですが、それはそれはあり得ないようなアクシデントを経験したことがあります。
例えば、ミュージカルの舞台に立ったことがあるのですが、本番でこんなことが起きました。
ラストシーン、主人公の最後のセリフが放たれ間髪を入れずエンディング曲のイントロ──って、それ似てるけど中盤のクライマックスのイントロじゃんΣ(・∀・;)(あ、演奏はカラオケじゃなく、かぶりつきの客席を撤去してオケピットを切り、生のジャズバンドが演奏していたのです)
万事休す。体が完全にフリーズしました。てか、僕らどの曲を歌えばいいの?
と、2小節目で強引に転調してエンディング曲になだれ込んだ……。
いやあ、シビレましたね。よくぞ切り返したもんだ。まさに、アドリブの妙味。
って、よくよく考えれば、いやよく考えなくても、もとはといえば違う曲を弾いたバンドの失態なのですが^^;
1つ舞台を踏むと、幕が下りてからその日の舞台を振り返った時、「あ、あのアクシデントはこうやっておけば良かったな」なんて思うことの1つや2つはあるものなんです。
で、その反省の思いがアドリブの種となって役者の抽斗(ひきだし)の中にしまいこまれるのです。
そしてまた別の舞台でアクシデントに遭遇した時、役者は瞬時に脳内の抽斗を全開にします。そして、一番この場にそぐうアドリブの種を引っ張り出して開花させるのです。
ですから、アドリブの巧拙はおおむね役者のキャリアと比例します。
逆に何年やっていてもアドリブの1つもかませない役者がいるとすれば、それは反省をしない役者だと見て間違いありません。
ジャンルは違いますが、僕の本業、システムエンジニアのお仕事の話をしましょう。
新しいプロジェクトを立ち上げる時にはリスクの洗い出しというのをやります。
「このプロジェクトではどういった問題が発生する可能性があるか」というのを予測して一覧表を作り、予めそのリスクが発生した時の対処法を決めておく作業です。
リスクの洗い出しのミーティングをやる際、僕は必ずベテランで過去にろくでもないプロジェクトを多く経験したSEをゲストに呼ぶことにしています。
往々にして彼らは悲観的で、あんなことがあるかも、こんなことが起きるかもと次々にろくでもない事例を披露してくれるのです。
それだけじゃなく、「こういう時はこうしたら良い」というアイデアも豊富な経験から教えてもらえます。
逆に経験の浅い駆け出しSE、極論を言うと配属されたばかりの新人くんを出席させてもまず何も意見が出てきません。
これは彼らの資質の問題とかそういうことではなくて、地を這い回るようなトラブルの経験をしたことがない人が想像力だけで起きうる問題を予測するのはやっぱり不可能なのです。
で、料理の話題に戻ります。
毎日のように料理をしていると失敗することだってあります。
重要なのはその失敗から何を学び、何を得るかだと僕は思っています。
あなたがきちんと反省する人で、失敗した経験から「次にこういうことが起きたらこう対処する」ということを覚えておける人ならば、次に似た失敗をしそうになった時にはピンチを切り抜けることができるでしょう。
あるいは、失敗してしまった後でも失敗経験の引き出しをフル活用して修復(リカバリー)することすらできるかもしれません。
もし、観劇に行ってアクシデントをアドリブで乗り切った役者がいれば彼の才能ではなくそれまで培ってきたキャリアにこそ喝采を送ってあげて下さいな。