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厨房日誌

スマホはライフラインか?

ある日目が覚めるとスマホがなくなっている。大慌てで探すもののどうしても見つからない。

仕方なく、仕事に出かけるが職場では自分のスマホがなくなったという話題で持ちきりだった。どうやら同僚たちのスマホもなくなっているらしい。気を取り直して仕事をしつつ情報収集した結果、状況が見えてきた。

スマホの消失は世界規模で起きている。スマホに限らずガラ携も全て消失している。

携帯電話のキャリア、製造会社もなくなっている。だから買い直しもできないし、そもそも通信のファシリティがなくなっている。

人々の記憶からスマホが欠落していることはない。それの利便性は十分わかっているのに、もう二度と使えない状況になっている。

その日を境に世界は携帯電話がなかった時代の生活に逆戻りしたという物語。

けど、たかだか2、30年前の話、慣れてくれば案外普通に暮らしていける。不便になったことを嘆きながらそれでも人々は暮らしていく。

それから何ヶ月かしたある日。コンビニがなくなった。店舗がなくなり、経営する会社も物流網もなくなった。人々は不便を嘆きながら数十年前と同じ暮らしにシフトしていく。

それから更に何ヶ月化したある日、ATMがなくなった、駅の券売機がなくなった、パソコンがなくなった──不自由な生活の中で少しずつ人々は以前はどうやって暮らしていたかを思い出し生活の知恵を見出していく……

ちょっとしたSFサスペンス(それともホラーなのかな)のプロットを考えてみました。

スマホもコンビニも「なかったら死ぬ」みたいに言われていますが本当にそうか?

という問いがテーマ。答えはもちろんNo……だと僕は思っているのですがどうでしょう?

「いやいやいや、今となっては立派なライフラインでしょ。今更それがない生活になんか戻れないって」という声が聞こえてきそうです。

けどね、ちょっとコンビニやスマホが登場した頃を思い出してみてください。

なんじゃ、この便利なものは! って、感動したと思うのです。つまり、「それがない」生活を許容しつつ(なくても生きていけることを認識しつつ)、「それがある」生活を受け入れてきたわけです。

それから幾星霜。「あれば超便利」という発想は「なかったら生活できない」に、やがて「なかったら死ぬ」という極端な発想にいつの間にか僕らの中ですり替わってきちゃあいませんでしょうか?

所詮、コンビニやスマホは水や空気じゃありません。

突き詰めて言えばガスや電気だってそうです。江戸時代どころか昭和2年でも電気の普及率は全国で87%。つまり10軒に1軒強のご家庭には電気が来ていなかったのです。

あらためて冷静に考えると一般生活にとってスマホもコンビニも便利なファシリティだけどライフラインではない気がするのです。

水道がなくなったら命にかかわる大事ですが、スマホやコンビニはなかったらなかったでなんとかできます(医療の現場など火急な局面では助かる命が助からなくなったりするので立派にライフラインですけどね)。

それどころか行き過ぎたスピード感が喪われれば、人はスローライフを取り戻せるんじゃないかとすら思えてしまうのです。

今の世の中はバイクのエンジンを積んだ自転車を無理やり漕がされているようなもの。とうの昔に足が追いつかなくなっているのに、やれ漕げそれ漕げとせっつかれることしきり。

 

むしろ、何をするにも相応に時間がかかっていた時代に戻ったならば人の気持ちにゆとりを取り戻せることができるんじゃないかな。

この物語のラストはどう結びましょうか。

「依頼していた書類はさっき郵送したっていうから、明日か明後日には届くってさ」

「よっしゃ、じゃ今日はもうやることもないから飲みに行くか」

そんな会話を交わして会社を後にする2人のサラリーマン。赤ちょうちんの暖簾をくぐるシーンでフェードアウトなんてのが良い気がするな。

2020/02/05 Thu.

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