落語には三題噺という形態があります。

寄席の客から適当な3つの言葉やお題をいただいて、即興で噺を作る芸。
噺家は脈絡のないその3つのお題でオチまで付けないといけない決まりです。
たいていはその場限りの一夜噺になることが多いのですが、中には後々まで語られる名作に化けるものもあります。
有名どころでは「芝浜」ですね。
三遊亭圓朝が受けた三題噺だったと言われていますが、そのお題は「酔漢(よっぱらい)」、「財布」、「芝浜」──また、脈絡のないものばかり。
意地の悪い客もいたものです。
それを受けて、こんな噺が生まれました。
腕は良いが『酒癖の悪い』魚の行商人が『芝浜』の海岸で大金の入った『財布』を拾った。

男は大喜びで仲間を集めて大酒盛り。
翌朝、「こんなに飲んで払いはどうすんだい」とおかんむりな女房に「昨日拾った財布を見せただろう。あれで払えば良い」
と男は返しますが女房は怪訝な顔。
「財布? なんの話だい。あたしゃそんな財布は見てないよ。大方夢でも見たんじゃないのかい」
その一言で男は血の気が引いた。
あれは──夢だったのか。

それから男はきっぱり酒を止めて真面目に働くようになり、いっぱしの店も構えて身代も増えていった。
そして大晦日の夜、自分を支えてくれた妻の献身をねぎらう男に女房はあの『財布』を差し出す。
十両盗めば首が飛ぶと言われた時代。
男の散財に肝を冷やした女房は財布を奉行所に届けておいて、男が夢を見たのだろうと言いくるめることにしたのだとわびた。
結局、落とし主の現れなかった財布は払い下げになり、今ここにあるのだと。

男は妻を叱らず、道を踏み外しかけた自分をいさめてくれた女房に心から礼を言った──という噺です。
この噺には落語らしくちゃんとオチも付いていて、「久しぶりに一献どうだい」と酒を勧める女房から盃を受け取りかけた男は手を止めます。
「よそう。また夢になるといけねぇ」
三題噺は「脈絡のないもの」を一本の噺にまとめ上げて脈絡を付ける高等技術を要する芸です。
ともするとこじつけになりがちな話芸ですが、長く語られるだけあって芝浜などはそのまとめ方が実に自然です。
特に題目にもなっている「芝浜」というお題の脈絡(=話の中の必然性)が秀逸。
物語の大筋ができあがれば、「酔っ払い」と「財布」はキーポイントなので容易に話につなげられます。
が、財布を拾った場所が大洗海水浴場でも須磨の海岸でもなく「芝浜」でなければいけない理由がない。
そこで、演者は主人公の職業を魚の行商人に仕立てました。

芝浜には日本橋の魚河岸(後に築地に移転)と並ぶ雑魚場と呼ばれた魚河岸があったのです。
主人公が魚屋であれば早朝から出かけていく場所は魚河岸のある芝浜に違いないという必然性が生まれます。
これを一瞬で判断して語ってしまうんだからプロの芸というのはなんとも凄まじいものです。
前置きが長くなりましたが今日の料理の主な食材は牛こま切れ肉、長芋、梅干し。
一見するとまるで三題噺のお題のように脈絡のない食材に見えます。
けど、安くて脂身の多い牛こまが主人公とあれば話は別。

ちゃんと、残りの食材に必然性が生まれるのです。
長芋には「アミラーゼ(ジアスターゼ)」などの消化酵素が豊富に含まれていて脂っこい食事のサポートをし、胃の粘膜を保護する効用があります。
そして梅干しに含まれる香気成分「バニリン」には、体内の脂肪細胞を刺激し、脂肪分解を促進する作用があります。
そう、全ては安くて脂身の多い牛こまという主人公のために集結した必然性のある食材なのです。
この料理を指してまるで「芝浜」のよう──
なんていうと自画自賛が過ぎるでしょうけど、そんなことを考えていたら誰かに自慢したくなってこんなブログを書いてしまいました。

けどまあ、これくらいにしてレシピの本編に移りましょう。
うっとりと語り過ぎて、このブログを書いたこと自体が──夢になってはいけませんから。
【材料】(1人分)
-調理時間:15分-
- 牛こま切れ肉:70?100g
- 長芋:100g
- 椎茸(なければ他の茸でも可):1本
- 梅干し:1粒
- 塩:適宜
[下味パート]
- 濃口醤油:3g(小さじ1/2)
- 酒:2.5g(小さじ1/2)
- 片栗粉:1.5g(小さじ1/2)
[煮汁パート]
- 昆布出汁(昆布出汁の素を使っても可):150g(カップ3/4)
- 味醂:18g(大さじ1)
- 酒:7.5g(大さじ1/2)
- 砂糖:2g(小さじ1弱)
【作り方】
- 牛肉は食べやすい大きさに切って[下味パート]の調味料と和えてから片栗粉をまぶします。長芋は皮を剥いて7mm厚の半月切りにします。椎茸は石突を取って、5mm厚のスライスにします。梅干しは種を取って包丁で叩きます。
- 小鍋に[煮汁パート]、梅干しを合わせて強火にかけてひと煮立ちさせます。これに長芋、椎茸を加えて蓋をし、中火で5分煮ます。
- 2.に牛肉を加えて強火にかけひと煮立ちしたらあくを取ります。塩を加えて味を調えればできあがり。 ※余熱で水分が蒸発すると味は濃くなるので、味見をして心持ち「物足りない」ところで止めましょう。
【一口メモ】
- 考えてみると醤油煮はしょっちゅう作っているのに、塩煮ってめったに作らないなと思い至り、試してみました。梅風味の優しい味に仕上がっています。
- 牛肉、長芋(山芋)、梅干しというなんだか三題噺のお題みたいに脈絡のない具材の組み合わせですが仕上げてみると、案外しっくりくるのが不思議。試してみないとわからない組み合わせと言うのはあるものなのでいろいろチャレンジしてみましょう。
- ちなみに長芋も梅干しも脂っこいものと一緒に食べると消化を助けるという働きがあります。なので安いけれど脂身の多い牛こまにはぴったり。脈絡がないように見えてちゃんと意味のある取り合わせなんですよ。
- 工程の注意書きにも書きましたが煮物は味見をして「物足りない」と思ったところで味付けを止めるのがコツ。煮詰まると味は必ず濃くなるのでその塩梅で食べる時には頃合いの味になっています。

