小説「天皇の料理番」の主人公のモデルになった秋山徳蔵は日本における西洋料理の草分け的料理人です。
25歳で宮内省大膳寮の初代厨司長就任、翌々年には大正天皇の即位の礼で外国の賓客に供する晩餐の料理長を務めたそうですのでまさに天才だったのでしょう。
この小説は何度かドラマ化されていて僕は佐藤健が主演した2015年版を観ましたが調理シーンがすごく丁寧に描かれていて感心しました。
そんな彼が勤務した宮内省大膳寮でこんなエピソードがあったそうです。
中国料理が専門の新人が食材の発注を担当していたそうなのですがある時、回ってきた献立に「たぬき汁」と書いてありました。
「ん? なんじゃこりゃ」
と一瞬思ったのですが
「あ、カチカチ山に出て来るあれか」
と思い至ってジビエ専門の業者に野生のたぬきが手に入るか問い合わせを行いました。
なんとか算段が付いて(って、よくたぬき肉なんて手配できたよなw)発注しようとしたその時──。
「ちがーう」
和食が専門の先輩料理人がそれに気づいて慌てて止めたのでした。
「それは揚げ玉(天かす)を使った汁物だ」……。
あわや野生のタヌキを使ったスープが制作される珍事はすんでのところで阻止されたのでした。
ま、確かにうどん屋できつねうどんを頼んで焼いた狐肉の載ったうどんが出てきたら客もドン引きしますよね。
関東では温そば(またはうどん)に天かすをトッピングした料理をたぬきそば(またはうどん)と呼びます。
関西ではちょっと事情が違って関東のたぬきうどんはハイカラうどんと呼ばれます(但し京都だけ特殊でたぬきうどんを注文すると油揚げと九条ネギがあんかけ仕立てになった料理が出てきます)。
更に関西でたぬきそばを注文すると温そばに油揚げが載ったものが出てきます。
ややこしい。
で、話を戻すと中国料理が専門だった彼は恐らく立ち食いうどん屋などに入ったことがなく暗号のような符丁の料理が存在することを知らなかったのでしょうね。
しばらくは厨房で笑い話として語り草になったんじゃないかな。
とまれ、過日暑い日のランチにこんな料理を作りました。
もちろん──お肉屋さんに駆け込んでお店の人を困らせたりはしていませんよw
【材料】(1人分)
-調理時間:20分-
- 蕎麦(乾麺):1束または生蕎麦1玉
- 大根おろし:3cm分
- 天かす:適宜
- 薬味:葱、大葉、茗荷、焼き海苔、かつお節など
[つゆパート]
- 蕎麦の本返しまたは麺つゆ:大匙2
- 鰹出汁:30g(大匙2)
【作り方】
- [つゆパート]は合わせて冷蔵庫で冷やしておきます。
- 蕎麦を規定通り茹でてざるに揚げ流水で〆ます。これをざるに揚げて水を切りざるごと冷蔵庫に入れて10分冷やします。
- 2.をやっている間に大根をすりおろしておきます。蕎麦を皿に盛り[つゆパート]を回しがけてよく和えます。これに大根おろし、天かす、薬味をトッピングすればできあがり。
【一口メモ】
- 天かすをカリカリ状態で食べたかったので茹でた蕎麦を冷凍庫に置いてちょっとドライにしています。つるつるの蕎麦にカリカリの天かすというジャンク感がたまりません。だんだんつゆを吸って柔らかくなる天かすの食感グラデーションも楽しいです。
- この料理の要は多彩な薬味。手持ちと相談しながらできるだけ薬味の種類を増やしてください。一口ごとに広がる複雑な風味は肉料理など目じゃないごちそうに感じられます。
- 言わずもがなですが暑い盛りにおススメの一皿。夏バテってなんだっけ? って言いたくなるくらい箸が進みます。