過日、みをつくし料理帖の9巻目『美雪晴れ』を読みました。
未読の方にちょっと、ご紹介すると江戸は文化文政年間(明治維新の70年くらい前)を舞台にした人情料理小説と言ったところでしょうか。数奇な運命に翻弄されて上方から江戸に出てきた女料理人が主人公の物語です。
作中、料理を美味しそうに見せるため色合いが如何に大切かという話が出てきました。色によって食欲が湧く色、食欲が萎える色というのがあるという話です。
最も、食欲をそそられる色として赤が挙げられていました。
なるほど、確かに暖色系の色は体がぽかぽか温まりそうで美味しそうに見えるかもしれませんね。ただ、一口に赤と言ってもいろいろな赤があるように思います。
トマトの瑞々しい赤。桜餅の優しい桃色。鷹の爪の赤。パプリカの鮮やかな赤。人参の甘みを連想させる赤。いくらの赤。とびっこの赤──食材によってそれぞれの持ち味とも言える赤があります。特にその食材の味や特性を見る人が知っている場合は食欲がいや増す気がします。
逆に食欲が萎える色は焦げた黒などだそうです。なるほど、確かに食べる気をなくすかも^^;
料理を盛りつける上で色合いは重要ですが、それは何も単色だけの話ではありません。
組み合わせは更に重要になってきます。お正月によく見かける紅白なますは誰に言われなくてもなんとなくおめでたい雰囲気を味わえますし、ブロッコリーの緑にプチトマトの赤でサラダを作るとクリスマスっぽくなります。
色合いが単調な料理やスープにアクセントとしてドライパセリやパプリカ(スパイスの)を振るのも常套手段ですね。
今、居酒屋を舞台にした小説を手直ししているところですが、文章でシズル感を出すための工夫として多用したのもこの色目でした。
たとえば牡蠣の時雨煮の小鉢をこんな風に描写しました。
佃煮色に染まった牡蠣の粒にとろみをつけた煮汁がかかって艶やかに光っていた。
佃煮色は僕の造語ですが一発で小鉢の中の情景が浮かんできませんでしょうか? このシリーズを書く準備として料理の色目帖というのを作りました。これは色の系統ごとにどんな描写があるかを書きためたもので例えば赤系の項を見るとこんなことが書いています。
朱、薄桃色、桜色、紅、深紅、火色、緋色、ぶどう色、赤銅色、えんじ、柊の実の赤、煉瓦色
小説は文章のみを駆使するコンテンツですのでシズル感を出すには読者の想像力をかき立てるしかありません。そして、読者の想像力というのはその人が過去に経験した記憶に基づくものなのです。
汎用的でありながら月並みでない表現。誰もが知っていてそのくせそれを刺激すると必ずつばが湧いてくる言葉。そんな表現をめざしております。
とまれ、色の力は料理にもそれを表現する小説にも絶大な力を持ってるよなぁとふと思った次第です。
2019/11/02 Sat.