群盲象を評す──なんて諺があります。
盲目の人達が未知の動物である「象」に触れてみたという寓話から来ているのですが
足を触った人は「象とは柱のような動物です」と言い、
耳に触った人は「象とは扇のような動物です」と言い、
鼻に触った人は「象とは木の枝のような動物です」と言いました。
お互いが主張を譲らず議論は紛糾するのですが最終的にお互いが象の違う部分を触っていたと気付いて議論が解消すると言ったお話です。
「木を見て森を見ず」と同じような意味合いかな。
人は未知のものに出会った時、とかく自分が既に知っている事物(柱や扇や木の枝)に引き写して理解しようとする傾向があるようです。
その結果、元ネタとは似ても似つかないものができちゃったなんてことはままあることで料理の世界にも元となった料理を知ると「え゛?」って言いたくなるものがあります。
有名どころだと「肉じゃが」。
イギリス留学の経験があった東郷平八郎が料理長に「ビーフシチューを作ってくれ」と指示するのですがデミグラスソースを知らない料理長は四苦八苦。
「だから牛肉とジャガイモ、人参、玉ねぎなどを煮こんだ料理だってば」
と言い募る東郷元帥の言葉だけを頼りに自分の料理知識を駆使して作ったら肉じゃがになっちゃった(注:肉じゃがの発祥は複数説があってこれはそのひとつです)。
ただこれはこれで旨いじゃんと評判になってすっかり海軍の人気メニューになっちゃったそうなので皮肉なものです。
あるいは「とんかつ」。
東京の煉瓦亭というお店で考案された料理ですが元々は「コートレット(=カツレツ)」と言って肉をソテーする炒め物に近い料理でした。
それを「天ぷらみたいに衣を付けて揚げたらどうよ」と調理法を捻った結果とんかつになっちゃったとか。
日本生まれのパスタ料理「ナポリタン」は進駐軍の米兵がスパゲティにケチャップをベタベタかけて食べているのを見て思い付いたそうですし
「エビチリ」の元ネタは乾焼蝦仁(カンサオシャーレン)と呼ばれる四川料理ですが「豆板醤の味すら知らない日本人がこんなものを食べたら悶絶必至」と考えた陳建民さんが砂糖とトマトケチャップを大量に投入して魔改造した結果生まれた料理だったりします。
今でこそ世界中どこの国の料理でも手軽に食べられるようになって僕ら日本人はたいていの料理には驚きを覚えなくなってしまっていますが明治初頭の頃、一気に外国の文化が流入してきた時期は物珍しいものがたくさんあったことでしょう。
その最たるもののひとつは「牛肉」。
もともと仏教の影響で江戸時代は食べることを控えるように言われていた食材ですからどうやって食べたら良いかわからない。
「猪を使った牡丹鍋みたいに鍋料理にしたら良いんじゃないか」
誰かそう言った人がいたのでしょう。
そのアイデアが西洋料理では思いもつかなかった牛鍋の発祥に繋がりました。
他方、牛肉と相性の良い食材を探っていた人が
「牛肉とごぼうは意外に合うぞ」
と気づいてこんな料理が考案されました。
きんぴらに似ていますが炒めた後に煮込むのがポイント。
そうすることでごぼうが軟らかくなって肉の柔らかさとマッチするのです。
【材料】(1人分)
-調理時間:23分-
- 牛ももスライス:100g
- ごぼう:100g
- 生姜:スライス1枚
- サラダ油:4g(小匙1)
[煮汁パート]
- 水:100g(カップ1/2)
- 濃口醤油:27g(大匙1.5)
- 酒:15g(大匙1)
- 味醂:18g(大匙1)
- 砂糖:9g(大匙1)
【作り方】
- ごぼうは少し厚めのささがきにし水(分量外)に5分晒してアクを抜いてざるに揚げ水けを切ります。牛肉は食べやすい大きさに切ります。生姜は千切りにします。
- 小鍋にサラダ油と生姜を入れて弱火にかけます。香りが立ってきたらごぼうを加えて中火で2分炒めます。
- 2.に[煮汁パート]を加えてひと煮立ちさせます。これに牛肉をほぐしながら加えて色が変わるまで煮ます。アクを取って蓋をし、弱火で10分煮こめばできあがり。
【一口メモ】
- きんぴらごぼうに似た料理ではありますが炒めた後に煮込むという工程が入るところが違います。こうすることでごぼうが軟らかく仕上がり食べやすくなります。きんぴらのシャキシャキ感が好きな人には物足りないかもだけど小さな子供さんや歯を悪くしたご年配の方には優しい料理かも。
- 牛肉の分量は「これくらいあると良いな」と思える量で記述しています。けど冷蔵庫にそれほどの量がなくても大丈夫。ごぼうを加えることで料理全体の満足感をアップしていますので十分楽しめます。逆に言うと少量のお肉でおかずを作れちゃうアイデア料理とも言えますね。
- お好みで細切りにした人参や茸を加えても楽しいですよ。加えるタイミングは工程2.でごぼうと一緒に加えて炒めてください。
- お好みで七味唐辛子や粉山椒を振ると風味が変わって楽しいかもです。
- 仕上げに溶き卵を流し入れて卵とじにすれば柳川風になります。その場合は煮汁を煮詰めて少し減らしてから卵液を流し込んでください。
- ごぼうが軟らかくなっているので丼物の具材にも使えます。ご飯をよそった丼にかければ変わり種の牛丼として楽しめますよ。