馴染みの焼き鳥屋の大将は僕の1歳年下。
映画の好みなどが似通っていて話がよく合います。
ある時、彼が“トラウマになった映画”について打ち明け話をしてくれました。

小学生の頃、両親は弔事で外出していて彼は一人でお留守番。
たまたまテレビをつけたら日本映画をやっていたのだそうです。
菊人形に載った生首、湖で逆立ちしている死体など、小学生が観るには刺激が強すぎる……

のに、なぜかテレビを切らずに観てしまって、夢に出てきそうな恐怖体験をするハメになったとか。
いや、テレビを消しなさいよ(笑)。
彼にトラウマを植え付けた映画のタイトルは「犬神家の一族」。
監督は市川崑で、金田一耕助という探偵が活躍する純和風ミステリーです。
間違ってもホラー映画ではないのですが、確かにホラーテイストが強すぎるんだよなぁ。
ましてや、ほどなく帰宅した両親が喪服姿だったとあっては、怖さも倍増でしょう。

大将には悪いけど、僕はその光景を想像して爆笑してしまいました。
実はもうひとつ、大将に申し訳なく思うことがあります。
それは──大将にとって恐怖でしかなかった、くだんの「犬神家の一族」が、僕にとってはミステリーの世界へと誘ってくれた大好きな映画であるということ。
それまで推理小説といえば、「犯人当てクイズを小説風に仕立てたもの」くらいに考えていた僕にとって、あの映画は衝撃的でした。
ちゃんと人間ドラマになっている!
それでいて、トリックも謎解きもしっかりしていて面白い!!
爾来、僕はすっかり横溝正史にハマってしまい、金田一耕助シリーズを読み漁りました。

映像作品も観たかったけど、ビデオデッキもレンタルビデオ屋もない時代だったので、図書館などで過去作品の情報を調べるだけで我慢しなければなりませんでした。
調べてみると、実に多くの俳優が金田一耕助を演じていることが分かりました。
Wikipediaによると2026年現在、映画版13人、ドラマ版15人、舞台版11人で40人近い役者さんが演じているみたいですね。
中には、僕らがイメージする袴にセルの着物といういで立ちとはかけ離れた、異色の金田一耕助もいたみたいです。
例えば映画版の初代は片岡千恵蔵さんで、スーツ姿のカッコいい役だったらしい。

あと、高倉健さんも演じているのですが、短髪にジャケット、サングラスというラフな姿で、年代物のオープンカーに乗っていたとか(映画のラストでは村の悪者たちと大乱闘……って、完全に別物でしょ(笑))。
僕が観た中で一番異色だと思ったのは、映画「八つ墓村」の渥美清版金田一耕助かな。
麦わら帽子にくたびれたジャケット、腰に手ぬぐいという姿でした。

この渥美版はあまり評判が良くなかったようで、うちの母も「全然、賢そうに見えない」なんて言いたい放題でした。
ところが世間の評判に反して、原作者の横溝正史は渥美版が一番お気に入りだったそうで、「原作のイメージに一番近い」と評していたとか。
意外なファンの登場に渥美さん自身も驚いたんじゃないかな。
まあ、原作者にそう言われては返す言葉もありません。

話は変わりますが、長女から僕の母が作った肉じゃがが美味しかったのでレシピを教えてほしいと頼まれました。
「母に訊けば良いじゃん」と言ったのですが、例によって「味を見ながら適当に調味料を足していけば良い」という目分量調理なので要領を得なかったらしい。
仕方がないので記憶をたどりながらレシピを組み立ててみたのですが、思い出せば出すほど、僕が普段作る肉じゃがとはかけ離れていたのです。
じゃがいもは煮崩れするくらい煮込んでいるし、やたら甘ったるい。

砂糖を控えてじゃがいものほくほく感を残すために煮込み時間を最小限にする僕の肉じゃがとは、料理名が同じなだけの別物でした。
ところが──。
試作した料理を娘に食べてもらったところ、
「ドンピシャ! これが肉じゃがだよ。パパが作るのも美味しいけど、あれは別物」
なんて言われちゃいました。
意外な「母の肉じゃがファン」の登場に僕もびっくり。
まあ、食べたがっていた娘にそう言われては返す言葉もありません。

改めて思ったのは、同じ肉じゃがでも家によって実に様々な調理法、味付けがあるということ。
中には異色と言いたくなるようなものもあるかもしれないけれど、その料理にもファンがいるかもしれないこと。
金田一耕助と肉じゃがの意外な共通点を発見した気分です。
「いろいろ咲きて野は楽し」──これは横溝正史の言葉だそうです。

一口にミステリーと言ってもいろいろなタイプがあるから楽しいんだよ、というほどの意味。
金田一耕助もいろいろなタイプがいるから面白い──そんな風に考えていたのかも。
懐の深い方だったんだろうなぁ。
【材料】(1人分)
-調理時間:30分-
- 牛肉(バラ肉またはこま切れ):100g
- じゃがいも:中1個
- 玉ねぎ:1/4個
- 人参:1/4本
- (あれば)しらたき(糸こんにゃく):20g
- サラダ油:4g(小さじ1)
[調味料パート](皮を剥いたじゃがいもの正味量100gに対する分量()内はじゃがいもの重量に対する比率)
- 濃口醤油:12g(12%)
- 酒:10g(10%)
- 味醂:12g(12%)
- 砂糖:15g(15%)
【作り方】
- じゃがいもの皮を剥き正味量(重さ)を計ります。その値から[調味料パート]の各調味料の分量を計算します。
- 牛肉は食べやすい大きさに切ります。じゃがいも、人参は1.5~2cm程度の乱切りにします。玉ねぎはくし形に切ります。しらたきはお好みで2、3等分にしておきます(そのままでもOKです)。
- 小鍋にサラダ油を入れて中火にかけます。牛肉を加えて色が変わるまで炒めます。さらにじゃがいも、人参、しらたきを加えて1分炒めます。
- 3.に材料の2/3くらいが浸かるくらい水を加えて中火にかけひと煮立ちさせます。これに[調味料パート]の砂糖、酒を加えて蓋をし、弱火で10分煮込みます。
- 4.に[調味料パート]の残りを加えて蓋をし、さらに弱火で10分煮ればできあがり。
【一口メモ】
- イマドキの料理からするとかなり甘めの味付けですが、どこか懐かしく素朴な味わいです。おふくろの味が恋しい人にはおすすめのレシピじゃないかな。
- しっかり煮込むのでじゃがいものほくほく感は薄れています。けれど、煮崩れるほどに柔らかくなったじゃがいもにノスタルジーを感じるかも。給食の肉じゃがってこんな感じだったんじゃないかな。
- じゃがいもなど個体差のある食材を使う料理ではその食材の正味量に対する比率で調味料の分量を決めるのがおすすめです。こうすればじゃがいもが大きめでも小さめでも同じ味に仕上げることができます。
- お好みでさやえんどうを足すと見た目の色合いがぐっと華やかになります。あと、変わったところでは麩を加えると食感が多様化して楽しいですよ。麩を加える場合は煮込みのラスト3分くらいで足してください。

