「AIに仕事を奪われる!」
なんて言われて久しくなります。
最初は胡散臭い話だな、くらいに思っていたのですが、生成AIの発達で、にわかに現実味を帯び始めた気がします。
まずはスーパーのレジ打ちや事務職が取って代わられる──なんて言われていたのですが最近、ChatGPTにPythonなどのコーディングをやってもらっている身としては「こりゃSE(僕の前職)も大量失業するんじゃないの」なんてことを肌で感じています。
まあ、新しい技術の登場でそれまで安定していた仕事が突然、立ちいかなくなっちゃった──なんてことは歴史上何度も繰り返されて来たことではあるんですけどね。
産業革命で機械が導入されて、力自慢の男たちが仕事を失ったとか、
エネルギー資源の主力が石油になったことで炭鉱が閉山されたとか(ついでに言うと炭鉱町の定食屋さんなんかもバタバタ廃業することになったらしい)──歴史を振り返れば枚挙にいとまがありません。
それでも何とかして食べていかないといけないわけで、炭鉱夫たちがその後、どうやって再起を図ったのかには、けっこう興味があったりします。
流行の移り変わりが激しい飲食業界でも、ぽっと出の流行りものに客を奪われて、お店が安定の玉座から転落していったなんて例はいくらもあります。
けど、その客を奪った"はやりもの"も往々にして、あっという間に過当競争の波間に消えていったりするんですけどね(笑)
そんな過酷な外食業界にあってしぶとく、そして強かに生き残ってきた伝統料理があります。
その料理の名は──"蕎麦"。
江戸時代からファストフード業界のトップに君臨する王者です。
けれど、その歴史はけっして平坦なものではありませんでした。
例えば江戸時代。
屋台で腹ごしらえをするといえば、蕎麦と相場が決まっていました。
異変が起きたのは文化文政年間。
奇しくもバブル経済に沸く日本でグルメブームが興ったちょうど200年くらい前の1800年代初頭の頃。
それまで一強状態だった蕎麦屋に強力なライバルが現れました。
寿司屋と天ぷら屋です。
江戸の町はこの三強の屋台がみっしりひしめいてしのぎを削っていたとか。
目新しい物好きの江戸っ子たちが寿司や天ぷらに飛びついて押され気味だった蕎麦屋が打った一手は「よその屋台で買ってきたものの持ち込みOK」というシステム。
寿司はさすがに蕎麦に合いませんでしたが、天ぷら屋で何品か買い込んだ客が蕎麦にそれを載せて食べるのが流行り出しました。
これが天ぷらそばの起源と言われています。
敢えて正面切って戦うのではなく、敵の商品を使って自分の店の料理をグレードアップするとは、なんとも強かですね。
明治、大正になると新たな強敵、"洋食"が登場します。
「洋食はハイカラ、蕎麦みたいな和食は古臭くてやぼったい」
みたいなイメージが広まって、蕎麦屋はまたまた苦戦します。
けれど、新商品を打ち出してその状況を打開するのです。
その新商品とは──かつ丼やカレーうどん、カレー蕎麦。
ちゃっかりライバル店の洋食を取り込んで自慢の出汁を使って和風にアレンジしちゃいました。
そして、戦後。
またまた新たな強敵登場(って、バトル系の漫画やアニメにありそうな展開だな)。
今度は同じ麺料理であるラーメンのブームがやって来たのです。
多彩なスープで攻めてくるラーメン屋に対して蕎麦屋のつゆは鰹出汁に醤油(返し)一辺倒と圧倒的に不利。
ところが、またこの状況を切り返す一手を生み出した店が山形にありました。
店が新発売した料理の名は"鳥中華"。
スープは伝統的な蕎麦のつゆ。
麺は中華麺という変わり種。
蕎麦屋生まれのラーメンとして今では全国的にその存在が知られていて、カップ麺なども売り出されていますね。
鳥中華の起源は元々、店の賄い料理だったものを客が食べたがったので裏メニューに設定。
評判が評判を呼んで正式メニューに昇格したのだそうです。
店主に"ラーメン店に対抗する"という意図があったかどうかはわかりませんが、結果的に生まれた料理は蕎麦屋でしか作れないラーメンだったというところが面白いな。
過日、この鳥中華の冷やしラーメン版を作りながら蕎麦屋が歩んできた道に思いを馳せておりました。
強力なライバルが現れた時、つい相手をディスったり、自分の店の料理がいかに素晴らしいかを宣伝したくなるのは人情というものです。
ところが、そのいずれでもなく、相手の料理の良いところを研究して店の料理に取り込んで進化させるという戦略には三国志に登場する軍師・諸葛孔明も舌を巻くんじゃないかな。
【材料】(1人分)
-調理時間:15分([つゆパート]と中華麺を冷やす時間は含めていません)-
- 中華麺:1玉
- 鶏肉(もも肉やむね肉など、あり合わせでOK):70g
- 白ネギ:10cm分
- 刻み海苔:少々
- ポン酢醤油:5g(小さじ1) ←冷めてから入れる
- ごま油:4g(小さじ1) ←火を止める直前に入れる
[つゆパート]
- 鰹出汁:240g(240ml)
- 蕎麦の返し:大さじ1
- 鶏ガラスープの素:小さじ1
【作り方】
- 小鍋に[つゆパート]を合わせてひと煮立ちさせます。沸騰を待っている間に鶏肉は食べやすい大きさに切ります。白ネギは5mm厚の斜め切りにします。
- [つゆパート]が沸騰したら鶏肉、白ネギを加えて中火で5分茹でます。火を止めてごま油を加えてさっと混ぜます。そのまま粗熱を取り、常温になったらポン酢醤油を加えて冷蔵庫で冷やします。
- 中華麺を袋に記載された時間どおりに茹でて、ざるにあげ、流水でしめます。さらに氷水に浸けてしっかり冷やします。
- 3.の中華麺をざるにあげて水切りし、丼に移します。これに2.を注いで刻み海苔をトッピングすればできあがり。
【一口メモ】
- すっきりした味わいの冷やしラーメンになりました。ポン酢醤油の酸味と柚子の香りも良い感じ。
- ポン酢醤油はつゆが熱いうちに加えると香りが飛ぶので冷めてから加えてください。
- 冷やしラーメンを作る時に苦労するのはスープに動物性の材料を使っているゆえに冷やすと固まること。その点、鳥中華はお蕎麦屋さんで生まれた蕎麦のつゆを使ったラーメンなので、冷やしても固まらず、さらりとしたままなので、とても扱いやすいラーメンスープになるのです。
- お好みでおろしにんにくまたはガーリックパウダーを食べる時に加えて味変するのもありです。柚子の風味は薄れますが、よりラーメン的な一杯になりますよ。