僕が中学に入って初めての社会科の授業を受けた時、見るともなしにパラパラめくっていた教科書のとあるページと壇上で自己紹介をしている社会科の先生(女性)を見比べて頭がフリーズしそうなほどの衝撃を受けました。
「せ、先生が……。教科書に載っている!」
いや、別にその先生が歴史の教科書に載るほどの有名人だったといった話ではないのですよ。
けれど、教科書に載っている"鳥毛立女屏風"の横顔の女性と壇上の先生のお顔がびっくりするくらい似ていたのです。
鳥毛立女屏風は正倉院に収蔵されている女性の描かれた屏風で750年頃(平安京遷都の40年くらい前)に制作されたものだそうです。
僕がぼうっとしている間も先生の自己紹介は続きます。
「私は奈良県の出身で──」やっぱり──。
それ以外の感想は思い浮かびませんでしたね。
この国では、明治時代になるまで大半の人が生まれた土地で生涯を過ごしたみたいなので、先生の中にはきっと鳥毛立女から脈々と受け継がれる"奈良女"の濃い血が流れているのだろうと僕は確信しました。
それにしても──。
鳥毛立女屏風のモデルになった女性は、モデルになるくらいですから、制作当時の基準では美人と思われていたのでしょう。
けれど、今の僕らの美人の基準とはずいぶんかけ離れている気がしました。
別に美醜を論じているわけではなく、あくまでも"美人の条件"が違っているという意味ですよ。
念のため。
逆に言うと今のアニメのヒロインの絵を奈良時代の人に見せれば「変な顔」と言われて見向きもされない気がします。
物事の価値、無価値は時代ごとに移り変わっていくものなのでしょう。
それは料理の世界でも同じことです。
たとえば、ジュウジュウと音を立てている肉汁あふれるステーキを見たら現代人の僕らは「美味しそう! 食べたい」と感じます。
けれど、江戸時代の人に見せたらきっと変な顔をされるんじゃないかな。
仏教では獣肉食は戒められていましたし、そもそも生まれてこのかた食べたことのない料理ですから、きっと尻込みすると思います──
僕は焼き加減はミディアムレアが好みなのですが、そんなものを見せた日には
「なんでぇ、生焼けじゃねぇか。こんなもの食えるか」
と一蹴されそう(笑)反面、今日のこの料理が夕飯の食卓に上っても歓声を上げる現代人は少ない気がします。
「え、晩御飯のおかずこれだけ?」と不満の声が聞こえて来そう。
ところが江戸時代の人がこの料理を見たら「どうしたんだい、今夜はえらいご馳走じゃないか」とか言って唾をのみ込むかも。
でもね、味は折り紙付き。
一口食べれば現代人の僕らでも"ごちそう"と感じること受け合いですので、ぜひ試してみてくださいな。
【材料】(1人分)
-調理時間:12分(なすを冷蔵庫で冷やす時間は含めていません)-
- なす:1本
- 揚げ油:適宜
- 山芋:(正味で)50g
- 塩:1g(小さじ1/6)
- わさび:チューブ1cm分
- 青のり(または、あおさ粉):適宜
- [山芋のあく抜きパート]
- 水:100g(100ml)
- 酢:5g(小さじ1)
[つゆパート]
- 出し汁(かつお出汁):30g(大さじ2)
- 濃口醤油:12g(小さじ2)
- 味醂:12g(小さじ2)
【作り方】
- なすはがくを取って乱切りにし、水(分量外)に5分晒してあく抜きします。山芋は皮を剥いて[山芋のあく抜きパート]に5分浸けあく抜きします。
- 1.と並行して小鍋に[つゆパート]の味醂を入れて中火にかけます。ふつふつと泡が立って湯気が上り始めたら[つゆパート]の残りを加えます。煮立ったら火を止めて盛り付ける器に移して粗熱を取ります。 ※先に味醂だけ温めることでアルコール分を飛ばす"煮切り"をやっています。小さな子供さんがいるなどの事情で、よりきちんと煮切りたい場合は湯気が上がり出したタイミングでマッチなどで火をつけて燃やしてください。火が自然に消えればアルコールは完全に飛んでいます。
- 1.のなすのあく抜きが3分経過したら揚げ油を火にかけて180度に温め始めます。油が温まり、なすのあく抜きが終わったらキッチンペーパーで水気をふき取り、油に加えて2分素揚げします。これをかす揚げですくって油をよく切り、なすが熱いうちに2.に加えてよく和えます。粗熱が取れたら冷蔵庫に入れて冷やします。
- なすがよく冷えたら山芋をすりおろして塩を加えてよく混ぜます。これをなすに回しがけてわさびを添えて、青のりを振りかければできあがり。
【一口メモ】
- かつお出汁のつゆは風味満点。加えてわさびの辛味と青のりの磯の香りが良いアクセントになっています。
- なすの揚げびたしは美味しいけど、見た目が地味なのがちょっと残念。そこで、色味が真逆のやまかけにしてみたらどうだろうとアレンジを加えてみました。
- 艶やかな揚げなすと山芋の白のコントラストが美しい1皿です。わさびと青のりの緑も良いアクセントになっていますね。夕飯にするだけではもったいなくて、お客様に出してみたくなる佇まいだと自画自賛しております。(笑)
- 同じ要領で作れば揚げ出し豆腐などにも応用できます。ぜひ、お試しあれ。