僕が子供だった昭和40年代、50年代──クリスマスにご馳走を食べるのは、わりと一般家庭にも浸透していた風習でした。

で、僕が高校、大学時代くらいになる頃には「恋人と過ごす年に一度の特別な日」みたいな風潮も出てきていましたね。
他方、そんな風潮に眉をひそめる人たちも一定数いて、「日本人はクリスチャンじゃないのに」とか「欧米ではクリスマスは家族で静かに暮らすものだ」というのがだいたい彼らが口にする常套句だった気がします。

僕は少しひねくれた子供だったので、それを聞くたびに「その意見は見当違いだと思う」なんて生意気なことを考えておりました。
キリストの生誕を祝いたい──なんて敬虔なことを考えていた日本人はあの頃、たぶん一人もいなかったと思うのです。
ただ、僕らは洋画に出てくる華やかなクリスマスパーティーを真似してみたかっただけなのです。

「日本人は仏教徒なんだから(クリスマスは関係ない)」なんていう人もいましたが、仏教徒だからなんですよ──と、言ってやりたくなりました。
家には仏壇があって、夕方になると、ばあちゃんがその前に座って念仏を唱えるのを後ろで正座して聴いていなければいけない──
そんな日常を送っていた子供が「今日はお釈迦様の誕生日だから」と言われて花まつりを祝いたくなるでしょうか。

お念仏も、お線香を上げるのも柳田邦夫先生の定義によれば、ケ(日々の生活。日常)なのです。
それに対してクリスマスはハレ(非日常)なのです。
僕らがやりたかったクリスマスとは日常をひととき離れて非日常的な気分に浸れる"お祭り"だったのでしょう。

クリスマスに限らず、あの頃の日本人は外国、特にアメリカのものを特別視して憧れる風潮がありました。
それは料理についても同じだったと思います。
例えば、「味噌汁は日本のスープだ」と誰かが言えば「違う、味噌汁とスープは全然別物だ」と反論する誰かが必ずいました。
同様に焼鳥とローストチキンは別物。
寄せ鍋とブイヤベースは別物と思われていました。

そして──カタカナ名前の料理の方が格好良くて、上等で、お洒落だと思われていたのです。
カップスープが一般家庭に浸透し始めたのも丁度この頃です。
具材を煮た汁に味噌を加えるだけでできちゃう「味噌汁」というカップスープの大先輩がいたにもかかわらず、粉末コーンスープの素を入れたコップに嬉々としてお湯を注いでいた日本人たちがカップスープの進歩と売り上げ促進に貢献したんだと僕は思っています(笑)
シェントウジャンは台湾の豆乳を使ったスープで朝食の定番だそうです。

このレシピを読めばわかる通り、具材を入れた器に温めた豆乳を注いで混ぜるだけ。
実にカップスープ的です。
けど、クリスマスが特別なお祭りだった僕の子どもの頃に日本で紹介されていたら……、見向きもされなかったんじゃないかなという気がしています。
だって、洋画には出てきませんから。

けど、今ならヘルシーでオシャレと言って喜ぶ人がたくさんいるでしょう。
それだけ、僕らの中で欧米文化の特別感が薄れて多様化が進んだからだと思います。
【材料】(1人分)
-調理時間:8分-
- 無調整豆乳:200g(カップ1)
- お好みの具材:一般的なスープに入っているものならなんでもOK。今回は薄揚げ、干しエビ、春雨
- 辣油:適宜
- 刻み葱:少々
[調味料パート]
- 酢:15g(大さじ1)
- 濃口醤油:6g(小さじ1)
- ごま油:6g(大さじ1/2)
【作り方】
- 薄揚げは熱湯を回しがけて油抜きをし、細切りにします。春雨はパッケージの記載通りに茹でて柔らかくしておきます。
- 小鍋に豆乳を入れて中火にかけ沸騰寸前まで温めます。待っている間にスープを盛り付ける器に[調味料パート]を入れてよく混ぜておき、1.、干しエビを加えておきます。 ※豆乳が吹きこぼれないよう注意してください。
- 2.の器に豆乳を注いでざっくりと混ぜ、ラー油をかけて刻み葱を散らせばできあがり。
【一口メモ】
- ほっこりと優しい味のスープです。辣油のピリ辛が良いアクセントになっています。
- 「シェントウジャン」は台湾の朝食の定番な豆乳のスープです。シェン(鹹)は「塩味のある」、トウジャン(豆漿)は「豆乳」を意味します。具材は一般的なスープに使うものならなんでもありですよ。
- 豆乳は無調整の濃い味のものを使ってください。
- お好みでご飯を加えておじや風にするのもありですよ。

